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「四月は君の嘘」雑感② 日本語の英訳は難しい

日本語は難しい。

海外で放送されていたと思しき,字幕入りの「四月は君の嘘」を見つけた。

 

2話で,「宮園かをり」が演奏前に呟く言葉。

「わたしの音楽,」(少し斜め上を見て)「届くかな。」

の字幕が,

「My music,」「Will it reach them?」

となっていた。

日本語という言葉は非常に曖昧で,よく主語や人称が省略される。特に会話文では。

だから,聞き手がそこを想像力で補完していく必要がある。

 

さて,この場面。「宮園かをり」は誰に音楽を届けたかったのか。

何の先入観もなくこのシーンを観た人は,「Will it reach them?」に違和感を持たないと思う。

しかし,「宮園かをり」の「有馬公生」への想いに気づいてからこのシーンを見直すと,ここは「Will it reach them?」ではダメだ,ということに気づくはずだ。

ここは,「them」ではなく「her」ではないといけないと思うのだ。

 

ただ,ここで「her」を使うと,視聴者にネタをチラリと見せてしまうことになりかねないわけだ。ううん,難しいですね。

この時点では,「宮園かをり」と「有馬公生」の関係は明らかにされていなのだから。

 

こういうのを考えると,つくづく日本語って曖昧で,でも素敵,というか日本人に合っているな,と思う。

昨今,曖昧な日本語を避けてグローバル標準の英語で会議をする会社が増えたらしいが,個人的にはしょうもないな,と思っている。

曖昧上等,だからこと,絵(アニメーション)に「届け!」という言葉をのせるだけでその意味をぼくら日本人は瞬時に理解できるのだ。

 

ところで,前回も書いたように,登場人物が,「誰か」個への想いを音楽にのせることで成長していく姿に共感した。

しかし,実は,ぼくの記憶で2カ所程,「有馬公生」が「大勢の人に想いが伝わったとき音楽は言葉を越える。」という意味の台詞を言っている。

ここは,若干矛盾がある,とういうか誤解されるのではないか,と思っている。

マスに向けたメッセージではなく,個に向けた想い。

その想いを共感してもらえたとき,ということなんだろうな,きっと。